Archive for the ‘弁護士勝俣豪の雑感’ Category

神奈川県弁護士会

水曜日, 9月 26th, 2012
神奈川県内に事務所がある弁護士は皆
横浜弁護士会に所属しています。
川崎に事務所があろうと、
小田原に事務所があろうと
横浜弁護士会に所属しています。

強制加入なので、横浜弁護士会を
どうしてもやめたければ
弁護士をやめるか、
他の県に事務所を移していただく必要があります。

神奈川県弁護士会なんてものは
ありません。

そこで、この「横浜」という名前に
不満がある人たちが
しきりに横浜弁護士会の名前を変えようとしています。

今までも、2回ほど、そのことで、
弁護士会内の総会だか何かで
ケツをとりましたが、
結局、現状維持で、横浜弁護士会です。

そして今、再び、神奈川県弁護士会にしようという
動きが久々に出ていて、今年の終わり頃に
ケツをとることになっています。

そのため、神奈川県内に事務所がある弁護士は
「あなたは横浜派ですか?」とか
「私は会名変更に賛成です」とか
「もともと横浜派ですが、今は神奈川派です」
とか、挨拶の次にはそのようなことを話し合っているようです。

話がややこしいのは、神奈川にしたい人の間でも
神奈川県弁護士会がよい
神奈川弁護士会がよい
かながわ弁護士会がよい
とか意見の違いがあって、
神奈川弁護士会なら賛成するが、神奈川県弁護士会になるなら
横浜弁護士会のほうがマシとか
色々意見があることです。

まあ、根本的にはどうでもよい問題だけに
気楽に議論できるのでしょう。
でも、結構真剣な人もいるので、
茶化したマネをすると、怒られます。

私は弁護士会内のメルマガの編集の
仕事をしているのですが、軽い冗談で
命名権売却!
なんて書いたら、検閲にひっかかってしまいました。

さて、いったいどうなることやらですが、
会の名前が変わると、当事務所の看板類には
所属弁護士会名として横浜弁護士会と書いてあるので
費用をかけて書き換えないとなりません。
そういう意味では、当事務所にとっても
「どうでもよい」とは言い切れないようです。

飛躍

木曜日, 9月 13th, 2012
先日,日本とイラクのサッカーの試合を見ました。
あまり,ヤクルトの試合以外のスポーツには興味がないのですが,
サッカーの日本代表の試合であれば,
どちらを応援するか迷うこともないし
ルールも単純なので,たまにみることがあります。

今回は,何故か,娘が少し前から
サッカーの試合があるから,みるべきだと
言っていたので,何となくつけてみました。

びっくりしたのは,日本の選手がとてもうまくなっていたことです。

Jリーグができたの,ワールドカップだの
と騒ぎ出した頃とはえらいちがいです。

昔の印象だと,ボールが飛んできたのを一旦止めてからでないと
蹴らない。
シュートを遠慮しているのか,なかなかせずにパスばかりしている。

まあ,日本人だとこんなもんかなと思ってみていたのですが,
その頃から,二世代くらいは進んだのでしょうか?
全然レベルが違って,うまくなっていたので驚きました。

日本人には無理だとかいうことではなくて,
ハイレベルを目指して徐々に積み重ねていけば
あんなこともできるんですね。

そのうち,メジャーで日本人ホームラン王も出るかも知れません。

当事務所では,個人法務で,質の高いサービスを目指しています。
外部から見れば,当たり前に見えるこの目標,
業界内で見れば,実は???な,目標なんです。

離婚や交通事故や相続なんて,誰がやっても同じ
質の高いサービスなんて,ありえないでしょう。
せいぜい,こまめに報告するくらいじゃない?

というのが業界内の一般的な考えだろうと思います。
その常識を越えて,日々努力と工夫を重ねて,圧倒的なレベル差を
実現したいというのが当事務所の目標です。

徐々に成果が出始めています。
そう簡単ではないと思いますが,
10年単位くらいでは,明確な飛躍を成し遂げたいと思っています。

パラドックス

土曜日, 9月 8th, 2012
最近は、円高や、高い法人税、
行き過ぎた労働規制に嫌気が差して、
どんどん、日本から工場がなくなってきているようです。

円高は、ともかく、あとの2つは、
弱者保護の名目のもと
結局、企業を追い出して
より弱者なるものを増やして、苦しめるというこです。

弱者を助けるようなことをしたつもりが、
つけは、まわりまわって、何倍にもなって弱者にはねかえる。

まあ、そういうことです。
この種のパラドックスが、世の中の基本的な仕組みです。

資本主義・自由主義の基本的な理念は、

社会のために頑張るより、自分の利益を追求したほうが
社会がよりよくなる

ということで、それ自体、パラドックスのようです。
が、まだ、続きがあります。

経営学的な研究からすれば、
大きな利益をあげている企業は利益追求を目的にせずに
社会貢献を大きく掲げている。
ということです。
つまり、 利益追求なんて目的では
本気で、長いあいだ継続して頑張れません。
大きな社会貢献の目的への努力が、
結果として大きな利益を生むわけです。

つまり、
社会をよくするには、社会全体の利益追求でなく、自分の利益追求が大事。
自分の利益追求をよりよくするには、自分の利益追求でなく、社会に貢献しようと思って頑張ることが大事

もお、複雑すぎて、ワケ分かりませんが、
この世の中のモノゴトを考える上では、極めて大事なことだろうと思います。

少なくとも、政策を考えたりする上では、こういうパラドックスを意識せずに、
幼稚な正義感覚に基づいて、弱者救済なんてやって気持ちよくなると
まあ、迷惑至極ということになってしまうわけです。

 

家電メーカー

金曜日, 9月 7th, 2012
日本の家電メーカーが色々大変なようです。

まあ、そうだろうなあ
と思います。

昨年買った、日本製のスマートフォン。
留守電聞いていると、
メッセージを抹消するには9を押してください。
電話をみると、画面は真っ暗。
適当にボタンを押すと、ロックが掛かっている。
ロックをはずすと、ホーム画面で
数字を押すボタンはない。
そんで、電話の受話器のマークを押すと
文字が書かれたボタンが色々でてきて
そのうち、一つにダイヤルキーがどうたらと書いてあって
それを押すと ようやく数字が押せるようになる。
はれて、メッセージの抹消に成功

こんなものを平気で売り出す企業は
まあ、どうなろうとしょうがないんじゃないかと思います。
(私のスマートフォンの会社は、まだ順調なようですが)

パソコンのキーボードだってそうです。
日本語の入力をしたければ、文節の区切り場所を動かすために
矢印キーをやたらに使います。
(私は、Ctrl+S等を色々使いますが、これは当然敷居が高い)
でも、どのメーカーも、矢印キーは遠いところにあるものばかり。
設計している理系担当者は、英語ばっかり入力して、日本語を入力しないのか?
それとも、Ctrl+ なんて自分がやっているから、それで十分と
誇らしげに思っているのか。

だいたい、キャラクターを使って、パソコン楽しげ、簡単簡単なんてやるくらいなら
普通に五十音順にならんでいるキーボードを作ればよいだろうに。

と、人のやっていることについては、ああすればよいのに
と色々考え付くもので、人様からすれば、
弁護士になんぞ、言われたくない
というところでしょう。

で、人様ならば、色々とアイデアがあるのではと
期待して、人様に聞いてみたり、
相談や委任業務終了後のアンケートに
その手の要望をかいてもらう欄を作ってみたり
色々やってみていますが、
今のところ、結果には結びついていません。
 

失敗の効用

月曜日, 8月 27th, 2012
日経新聞で大学の特集をしていて
博士課程に人が集まらなくて
研究が困難になっているというようなことが
書いてありました。

そういえば,年始に研究者をしている友人が
「このままでは成り立たなくなる」
なんて話をしていたのを思い出しました。
そのときは,なんだかよく分かりませんでしたが,
博士課程に行っても人生を棒に振るだけであれば
まともな人間は,当然集まらない。
その結果,博士課程に進む人をあてにして
成り立っていた業界の仕組みが壊れてきている
というようなことのようです。

大学の研究者でのポスドク問題は
法曹界の一歩先を行っている気がするので,
これは,法曹界の未来の予言しているような
気もします。

今の業界状況,法科大学院の志願者激減の
状況を前提に,司法試験のレベルを維持すれば
おそらく合格者は数百人程度になるのではないか?

そうすると,弁護士を採用したくても採用できず
ということもあるかも知れません。

まあ,そうしたら司法修習後,企業に就職して,それなりに
人生経験積んだ人が,弁護士になって
かえってよいかも。

さて,それ以外に,よい面があるかもしれません。
今までの,司法試験→弁護士ルートは,
一旦社会に出た,社会不適応型エリートの再チャレンジという
性格がありました。

私自身もそうですが,会社に入ってみたものの
サラリーマンは無理だ!
と思ったときに,一番,容易で魅力的なものが
弁護士転身だったわけです。

でも,もう司法試験に逃げられません。
どうなるか?
頑張って起業して会社を作ってください。

今の社会の問題のひとつは,
新しい起業が育っていかないこと
その一つの要因は,東大あたりを出た人間が
起業をするという人生に魅力を感じていないこと
があると思います。

でも,もう
大学院に戻って研究者になっても
司法試験に合格して弁護士になっても
食べてはいけません。

一つ間違えば,エリートニート量産になりますが,
何とか良い方向に向いて欲しいものです。

オリンピック

木曜日, 8月 9th, 2012
オリンピックが行われています。
いつも,ほとんど見ることはないのですが,
スワローズが弱くて,見る気がおこないこと
子供に,卓球・テニス・バトミントン・バレーボールといった
大同小異の競技や
何とも説明しにくい諸々の陸上競技を
覚えてもらう教育的見地から,
少しは見ています。

何故,ああいったもの,
つまり,ヒトサマの体力測定
を見ていて楽しいのか?
右手の人差し指と中指を開いたり
閉じたりを100回やるのを
タイムを計って,誰が世界一か決めるのと
陸上競技の諸々は何が違うのか?
それとも,閉じたり開いたりをみるのも楽しいのか?

私は,なかなかついて行けない世界です。

もっとも,運動会ぎらいは,物心ついたころからで,
幼稚園の頃は,運動会とは,脱走して隠れて
連れ返されてを繰り返すものでした

今でも
高校だったり,大学だったりの
運動会をさぼったり,授業をさぼったりして
体育の単位が足りなくて,卒業できない
どうしようという夢をたまに見ます。

この業界だと,試験(大学だったり司法試験だったり)
に落ちる夢を見る人は多いと聞きますが
私にとっては,運動会の類がどうにもです。

もっとも,体育・運動会嫌いは
なかなか学校生活をやりづらいので,
子供には同じ轍はふませまいと
体育を好きになるよう仕組んでいて
今のところ,それは成功しているようです。

生産的先延ばし

水曜日, 8月 8th, 2012
グーグルのブログ等をみるサービスにリーダー
というのがありますが,
何も登録しないでいると,
適当に,お勧めと思われるものが表示されています。

そんなところ,
クリエイティブな良い仕事をするには,無意識に任せてなるべく放置すべし?
なんて記事がありました。

よんでみると,弁護士が書面を作る場合でも,思い当たることもあります。

弁護士が作る書面がクリエイティブかどうか?
なんて思うかも知れませんが,
法律解釈の仕方や
一見関係なさそうだが,実は重要な事実
(推理小説的な,事実発見の部分)
をどこまで,ひらめくことができるか
というものがあります。

そういうものを,もっと思いつけるのではないか?
と思っているうちに,だんだん期日が迫ってきて,
ということはあるものです。

私自身は,このような書面を作る場合は,
まず,早々に手を付けはじめて,
時間があるときに,少しずつ少しずつ
書いていくスタイルです。
そうすると,その日の気分によって
全く違った観点から,ひらめいたり,思いついたりする
からです。
つまり,早めに手を付けないとそもそも放置期間にさえならないので
早めに手を付けて放置期間を長くするということだと思います。

でも,このスタイルは特殊なようです。
書面を作るときは,まとまった時間を作って
ガッと仕上げるというのが
弁護士の通常のスタイルのようです。
ドラッカーも,仕事をするにはまとまった時間を
作ることが大事,と言いますので,
一般的な方法だと思います。

ちょこちょこ,やると,うまくやらないと
そのたびごとに,事件の概要をつかむ作業
等を繰り返さないとないので,
普通だと,時間の無駄が多くて不合理という面もあります。

ただ私は仕事スタイルが特殊で,
1日の間に,30分から,1時間。
調子の良いときでも,1時間半程度,
ある種,覚醒した時間が来ます。

その瞬間だと,キーボードでメモしても追いつかないほど
色々なことが思い浮かんできます。
たぶん,他の人が,1日かけてする量をこなす感じが
この,わずかな時間に訪れます。

が,突如,思考が働かなくなり,全く進まなくなる。
それでも,無理にやると,翌日疲れが出て
数日,この特殊な時間が現れなくなる。
だから,半日まとめて,みっちり仕事をするなんて言う
芸当はできません。

そこで,この短い時間をいかに,つかみ
各事件に割り振るか,というのが大事です。

で,他の時間は,この時間が訪れるのを待ちながら,
疲れないような単純作業にいそしむ

と,まあどうみても,サラリーマンはつとまらない
仕事スタイルです。
(だからサラリーマンをやめたわけですが)

その結果,少しずつ,ちょこちょこ
仕事を進めていくというスタイルになったようです。

もっとも,あまり一つの事件に,この時間を注ぐと
論理構造が複雑になりすぎたりして,
自分としては完璧なつもりが,
人に伝えるには難解すぎる状況になることもあるので,
完璧を目指さず,ほどほどにエネルギーをそそぐ
ほうが,今のところ結果が良いようです。

教養

月曜日, 7月 16th, 2012
日経新聞の一面で
人材育成 企業が注目の大学 国際教養大 首位に
とのことです。
さらに、主要企業の人事トップが大学教育に求めるものは
「教養教育の強化」
が1位とのことです。

少し前までは、大学教育に社会に出てからの即戦力的な
知識を求めていたような気がしないでもないですが、
主要企業の人事トップ、つまり企業人としての上位層が
現代の若い世代に対して教養の不足を思うのは
そうだろうな、と思います。

私自身は、自分より多少上の世代よりは、はるかに劣るのかもしれませんが、
幸運にも、教養教育は、同世代の中では、かなり受けていると思います。

まず、高校が県立高校 だったため、理科社会を幅広く授業を受けています。
理科であれば、生物全部と、物理・化学・地学の半分を学んでいます。
社会であれば、日本史・世界史・地理・倫理・政治経済といったたりもひとおとり学んでいます。
これが、いわゆる中高一貫の受験校だと、受験対策を優先するために
私が学んだことの半分以下しか学んでいないことが多いようです。
たとえば文系であれば、物理や化学は全然知らないということも普通です。

また、大学受験も東大受験は、社会2科目の6科目の受験をしなければならないので
私学の3科目や、通常の国立大の5科目程度に比べると、
教養を身につけざるを得ません。
やはり、受験科目は授業を受けただけの教科に比べると、気合が違いますから
かなり濃く理解します。
なお、高校での授業科目というのは、ある意味教養の基礎をなす部分です。
教養とは雑学ではなく、一定の学問化・理論化された体系的知識です。
そういったものの、もっとも基本的な部分を高校の各科目で学びます。
少し前に、B型肝炎訴訟の関係で遺伝子について改めて理解しなおす必要があったとき
友人の生物学者に何を読むとよいか聞いたところ、
高校の教科書が、学者間の共通理解の基礎となる部分で、とても優れているから
お薦めといわれましたが、各科目とも、高校の教科書というのはそういうものだろうと思います。

と高校の授業の有用性について、えらそうに書いていますが、実際には、全く聞いていなくて
試験勉強だけでした(でも、試験勉強をすれば、結局学べます)。
で、聞いてなくて何をしていたかというと、文学史にでているような本をひたすら読んでいましたので、
いわゆる文学史上の名作の類は結構読んでいます。
(授業中に漫画の類を読んでいるととりあげられるが、名作の類だと黙認される面がありました)

さらに、大学では哲学を中心に勉強し、当時は、西洋哲学史の講義くらいは
できるだろうという気分でした。
大学卒業後、不動産鑑定士の受験機会があり、経済学、会計学を学ぶ機会を得ました。
(これも試験なので、かなり濃い密度で理解しているはずです)

というわけで、ありがたいことに、おそらく同世代では、色々な学問が、おおよそどういうものか
等にふれる機会があったと思います

で、私の交友関係というのは、大学関係だったり法曹関係だったりで、
世間的にはいわゆる、かなりのエリート層のはずなのですが、
その会話の中に、上記のような教養が必要とされる会話は、ほとんどありません。
つまり、教養がなくても、困ることは、まずありません。

それは、単にその話題を避けているのではなく、端的にそういう教育を受けていないことにあります。
高校で、十分に理科や社会を学んでいなかったり、文学はほとんど触れていなかったり、
文系学問でも自分の学部系以外のことは、教養の講義でざっと聞いただけだったり
現状、同世代のいわゆるエリート層といわれる人の現状はそんなところと思われます。
一度、刑事事件で、基本的な物理法則上、ありえないような主張を検事がし、
その不合理を指摘したところ、判決では、事故時には様々な不可思議な力が働くので、
なんて書いてあったりして、そういう意味でも、法曹界の教養のなさも危険水準にあります。

私は、外人との接触はほとんどないので実感はないのですが、
外人のエリート層は、その会話の共通基盤としての教養があるという
話は、ちょこちょこと聞きます。
でも、日本には、あまりそういった雰囲気は感じません。

まあでも、本日日経新聞1面のメイン記事は、若者が企業に就職できずに
必死になっている話しですから、
企業が教養を重視するようになると、少しは世の中変わるのかもしれません。

インフレと破産・免責

水曜日, 7月 11th, 2012
国の債務が大変なことになっているということで、
消費税をあげるそうです。
でも、きっと全然足りないでしょう。
かといって国民は、痛みを伴う改革はきっと受け入れないでしょう。
大阪の人気者あたりが、うまく、やってくれるのかも知れませんが。

でも、うまい手があると言われています。
インフレです。
インフレで物価が2倍になれば、借金は半減することになります。

江戸の昔、大名は、財政難から藩札の類をどんどん発行し、
藩札の価値がなくなり、どんどんインフレになったと聞きます。

大学の頃、機会があって、経済学を学習したときも
インフレがいかに恐ろしく、それを防ぐために
どうすればよいかが色々書いてありました。

でも、その頃から、デフレと財政危機の時代でした。
もし、日本銀行がどんどんお金を発行して、そのお金を
国にあげて、国の借金を返してあげれば、財政難は解消する。

そうすると、藩札の話と同様、インフレになるけど、
デフレ経済下では望むところ。
インフレになれば、円も安くなるから、輸出産業にとっても願ったりかなったり。

なんではないか、と当時、思って、経済学部でそれなりにまじめに勉強している
友人等に質問してみましたが、 要領を得ませんでした。

きっと、インフレがすごくなりすぎるリスクが強いからなのかなと思いました。

でも、10年ほど前から、同じような見解をマスコミ等でみかけるようになりました。
それほど、デタラメな意見でもなかったようです。

で、見かけるようになると、その問題点もしっかり読むことが出来ます。
インフレになれば、当然、円安になる。
海外のもの、特に食料品が高騰して、日常生活は困窮するだろう。
まあ、そういう形で、放漫財政のあぶく銭を享受した罪を、償うということでしょう。

ところが、ここでまた、分からない点、つまり夢のような手品の可能性があるのではないか。
という気がします。

日本だけが、財政危機でインフレがおこれば、そういうことになりますが、
世界どこの国も、財政危機のようです。
そうすると、すべての国で、同程度のインフレが起これば
円だけ安くなるわけではなく、結果、上記の罪滅ぼしの機会もなくなります。
でも、借金は、ほとんどチャラです。

うーん。本当にそういうことになるのか、よく分かりませんが、
もし、本当にそれが実現したとき、
国債自体に信用がなくなって、よほどの高金利でないと
発行できなくなるかもしれません。

そんなわけで、借金できなくなるリスクと引き換えに
一度は、借金をチャラにするチャンスがあるのかもしれません。

まるで、個人の破産・免責制度のようですね。
もっとも、個人の破産免責は、7年ほどすると、再びチャンスが訪れますが。

 

画像の検索

水曜日, 7月 4th, 2012
グーグルによる画像による検索が賢くなった
というニュースがありました。

テキストで検索して、検索結果として画像が出る
というのは普通の話です。

「アミガサタケ」と検索窓に入力して
画像検索結果としてアミガサタケの写真がいっぱいでてくる
というものです。

でも、アミガサタケの写真をもとに、
それに関連する情報が出てくるというのは
なかなか難しいようで、それが進化したということのようです。

これがもっと進歩すれば、樹木だ、野鳥だ、キノコだ
といったものを覚えなくても、スマートフォンで写真を
とって検索すれば情報がでるということになるのでしょう。

樹木や野鳥であれば、そのうちできそうな気がしますが、
キノコはなかなか、難しそうです。

キノコを同定する上では、単にみかけ、つまり、色や形だけでなく
どの季節か
どこに生えていたか(標高や周りの木の種類)
もろいか、ゴムのようか、等の触った感じ
におい
ちょっと噛んでみて苦いかどうか
なんて、ことを含めて考えています。

ですから、画像だけで、しっかり同定しようと思うと
見た目の違いについて、もっと徹底的に研究する必要があるかもしれません。

そういえば、友人の学者が、画像認識の研究をしているようです。
冗談で、車の後ろにつけておいて、覆面パトカーらしきもの、つまり
クラウンらしきセダンで
地元ナンバーで
中に複数の人が乗っていて
青い制服を着ていて
なんて、あたりの幾つかにあてはまる車を認識したら
警告を出す装置を作ってくれ、
と頼みましたが、駄目でした。

でも、画像認識の技術が進歩したら
間違いなく商品化されそうです。