裁判はAIに任せるべきか?


昨年からのAIの進化はすごいものがあります。
プログラム分野以外では、大量の文章の内容を理解した場合と同様のアウトプットを出力できるという部分ですごみがあります。
となると、現状の書面中心の裁判であれば、AIが人間の裁判官を代替することも視野に入ります。



現状のAIの進化からすると、「そもそも人間とAIは共存できるのか」という部分に強い疑念もあります。それはおいておいて、単純に裁判の部分だけを考えてみます。



「できるできない」という問題よりも、「させるべきか」「それで納得できるか」的な問題のほうが強い気がしますので、そちらを中心に書きます。



文章を理解する能力の限界



100字程度の文章が理解できる人は4分の1程度という話があります。
そうなると、A4で1枚のペーパーを理解できる人なんて100人に1人、何千何万字になる裁判文書を理解できる人は1000人に1人もいないかもしれません。
昔、司法試験がすごく難しかった頃であれば、裁判官に(人格的にはともかく)この文章理解能力を期待できたかもしれません。合格率が大幅に上昇した現状では、この文章理解能力を期待するのは甘い期待といえます。
さらに、弁護士や本人がAIを使うことで、文章作成が大幅に用意になり、裁判文章が爆発的に増えることが予測されます。すると、さらに読まなければならない文章が増え、たとえ読解能力があっても時間的に読むことができないという事態も予測されます。
この時点で、人間が裁判をし続けることに多少疑念が生まれます。



常識による裁判



現在の裁判は裁判官の良識や常識に基づいて行われています。一見、とてもよいことに思えます。
でも、相続紛争では同じ家庭環境で育った兄弟がお互いを非常識といって罵り合うことは珍しくありません。常識とはそういうものです。
そのような裁判官が常識と信ずるものに基づいて判決を出すために、現実の裁判の予測可能性は著しく低くなっています。裁判官が転勤で勝ち負けの方向が180°変わるなんていうのは弁護士の日常的な出来事です。率直に言えば、「何を言い出すかわからない」というのが現状です。
もしかしたら、この「何を言い出すのかわからない」神秘性が世の中の紛争をうまく解決しているのかもしれません。が、世の中が裁判に期待しているものとは大幅に異なるだろうと思います。



経験則の問題



AIでは代替不可能となる部分に経験則というものがあります。つまりふだんの生活から培われる因果関係等の感覚です。車を運転している人であれば「それはありえないだろう」ということがわかるような感覚です。
経験則を重視すれば、人生経験抱負な人が裁判官に適しています。でも、現実の裁判官は純粋培養されて世間的な経験則に疎くなりがちなキャリアを持ちます。たとえば国民多数の感覚とかけ離れた交通ルールと取締りの影響で、車の運転すら敬遠する裁判官が多いのが現状でしょう。車の流れにのって運転しているだけで交通切符を切られた場合、裁判官としての出世に大きくマイナスになるからです。
長い文章を理解できる人材が稀有である以上、経験則の乏しさに目をつむる裁判官採用政策に合理性はあったと思います。ただ、AIの存在はここに多くの疑問を投げかけます。



なり手の問題



最近、冤罪事件で保釈却下した裁判官を提訴するというニュースがありました。また、裁判官の口コミサイトを作成したというニュースもありました。どちらも、それ自体として考えて、問題があるようなものではありません。
ただ、裁判官という職業に対して優秀な人材を集めるという観点からすれば明らかにマイナスです。エリートとしてある程度保護してあげないと、優秀な人材は集まりません。文章が読めない裁判官がどんどん増えていく傾向に歯止めはかからなくなります。



以上からすると、人間の裁判官に裁判をさせ続けるべきか、AIに変わってもらうべきかということについては、一概には言い難くなるかもしれません。
でも、現実的な展開として、代替されるようなことはあるのでしょうか?



代替されるストーリー例



将来のことはわかりませんが、次のような展開はありうると思います。
現実の訴訟提起前に、原告が主張と現状の手持ち資料をAIに分析させて勝訴予測・判決予測等をする。そのAIに被告側も主張・手持ち資料を提出し、その上でAIの最終的な判決の提示を受ける。このような慣行がまず成立するとする。これは、交渉と訴訟の中間段階としては十分ありうるものだろう思います。
このAI判決を受け入れない場合は、本当の裁判をすることになる。ただ、人間の裁判官はまず間違いなくAIの優秀な分析にはかなわないので(現状はAIが劣るとしても5年後10年後はそうなる可能性が高い)、ほぼAIの判決どおりの判決しかださなくなる。
結果として、AIの判決がでたら、その後に人間による裁判手続きを経ることは無駄になるので、そのようなことはしなくなり、人間による裁判が法律上は存在しても事実上消滅してしまう。



現状の文章把握能力を優先した裁判官制度は、能力面で崩壊が予測され、その面でAIに勝てる見込みはほとんどないことになります。もし、あくまで人間でということであれば、民事においても陪審制度的な方向性を取ったほうが良いのかなとは思います。



これもAIに助力を求めると上記の問題点をクリアしたものも作ることができます。
たとえば、民事裁判員に対してAIは適宜わかりやすく要約した双方主張の概要を伝える。裁判員は自らの常識感と経験則に基づいた意見をAIに入力する。それを踏まえた上でAIは原告勝訴判決案と被告勝訴判決案を出力する。どちらを採用するかは裁判員の多数決にする。なんてあたりです。



さてどうなることやらです。正直、裁判官の転勤によってコロコロ心象が変わるような事件はAI判断させても、「どちらとも言えます。勝訴確率は50%ずつです」なんてことになるだけかもなとも思います。

Comments are closed.