B型肝炎問題のご相談について

7月 8th, 2011
B型肝炎の被害を受けた方の救済について,先日、政府との間で基本合意書が締結されました。

ところが、この基本合意書の枠組みによると、肝炎の被害者が救済を受けるためには、裁判所に提訴することが必要となります。

もっと簡便な手段で救済されればよいのですが、現在のところ、そのような枠組みです。

そうなると、やはり弁護士の助力が必要となってきます。

当事務所では、基本合意書の枠組みにそって救済を受けたいという方のお手伝いのため電話相談を7月11日からはじめます。

詳しくは、こちら

武富士弁済率4%?

7月 1st, 2011
本日の朝日新聞の記事で,武富士の弁済率が4%かもとの記事がありました。

以前の記事だと10%とか出ていましたし,法人税の還付請求の話もあったので
多少は期待していたのですが,やはり今までの会社同様その程度になってしまうようです。

この記事の中で,海外の投資ファンドが「低すぎる」と異議を述べていると言うことなので,
この先どうなるか,注視が必要そうです。

また,同じく本日,武富士の創業者の遺族に賠償求めて提訴との記事もありました。
「やるぞやるぞ」と言っていて,ようやく提起したようです。
記事を見る限り,法的構成としては色々工夫が必要そうですので,時間の掛かる裁判になると思います。
なお,当事務所では,既に昨年に武富士の代表者の責任を問う訴訟を提起していますが,
まだ結論が出る段階にはなっていません。

B型肝炎の被害について

6月 29th, 2011
B型肝炎訴訟について,原告弁護団と政府は基本合意書に調印したとのことです

この基本合意書によると,43万人いる患者についても救済の対象になるとのことです。

ただ,報道内容を見る限りでは,訴訟を提起していない患者が,
救済を求めるにはどのようにすればよいのか,明確ではありません。

救済を求めるには,裁判所に提訴する必要があるようにも読めます。

簡単な手続で,救済を求めることができればよいのですが,
もしかしたら,訴訟提起等ある程度の面倒な手続が必要になるかも知れません。

とはいえ和解金は3600万,2500万,1250万等と大きな金額ですので,
手続が面倒という理由で,放置するような問題ではありません。

当事務所では,B型肝炎被害の救済について,お手伝いができることがあるかどうか
検討を始めました。

検討が完了し次第,ご案内しようと考えております。

ハルゼミの声

6月 27th, 2011
山の中では,ハルゼミの大合唱です。
ハルゼミは,山の中にしかいないので,都会にいると声になじみがありません。
しかも,時期が今の時期ですし,声もカエルそっくりで,セミっぽくないので,
知らないとセミの声だとは分からないかも知れません。

どういう仕組みか分かりませんが,ゲゲゲゲゲゲゲゲゲという声と
グワーグワーという声がいつも同時に聞こえるようですので,
同時に両方の声を出しているようです。

梅雨の合間の,僅かな晴れ間のさわやかさで一斉に鳴くので,
この声は山の空気の心地よさを連想させます。
ビデオでこの時期の映像を見返して,ハルゼミの声を聞くと,
やはりこの時期が一番だなあという気分になります。

山の中は,音に季節感があります。
雪がゆるんできてから,5月頃までの鳥の声
今の時期のハルゼミ
秋の鹿の遠音
冬の,キーンとするほどの静寂

それぞれ,音を思い出すと,そのときの空気を思い出します。

旅行の楽しみ方

6月 21st, 2011
例年この時期にバス旅行に行きます。
今年は、静岡方面に行きました。

ここ数年、樹木に興味を持ちだしているので、関東とは違い、
クスノキやカシといった常緑の樹木が、雑木林の中心になっているのを
みて新鮮に感じました。

また、今年は野鳥の声だということで、徐々に覚えてきていますが、
久能山で、鳥の鳴き声を聞いた際、「これはキツツキの類かな」
と思っていたら、キツツキのドラミング(つまり、木をつつく音)が聞こえ、
自信になりました。
もっとも、それがアカゲラなのかアオゲラなのか、とかいったことは分かりませんでした。

歴史の知識が旅を豊かにすることは以前から感じていましたが、
自然のことについても、色々知っていると旅行がより楽しくなることを実感した旅行でした。

ロゴスとドクサ(法律家の論理2)

6月 16th, 2011
先日書いた「法律家が言う論理というのは,他の分野から見ると
あまり論理的でない」という話を,今日は衒学的に書いてみます。

論理というのはつまりロジック(Logic)であり,古代ギリシャ語のロゴスです。
で,ギリシャ哲学の中でロゴスと対比されるのが,ドクサで,日本語だと憶見と訳されたりします。
ドクサではなく,ロゴスの追究が大事だと言うことです。

ところで,ドクサは,英語だとOpinionと訳されたりします。
で,法律家の場合は,「これが真理だ」というよりは,「これが私の見解だ」
という話をします。弁護士であれ,裁判官であれ。
つまり,法律家が論理と言って,かたっているのは,Opinionであり,結局,ドクサなのです。
ギリシャ哲学だと,オルトス(=正しいという意味の形容詞)ロゴスの探求という概念があります。
これは誰がそう思うとかいうのではなく,やはり唯一のような真理が前提の話です。
現代の学問も,法律学以外は基本的にはそういうような発想が前提にあります。
つまり,ロゴス=ロジック=論理という中には,唯一の真理探究という含意があります。
法律家の論理にはその含意がないから,非論理的にみえるわけです。

では,オルトス(orthos)なドクサ(doxa)とは何でしょうか?
正解は,オーソドックス(orthodox)です。
つまり,法律家が目指すのはオーソドックスということで,
自分の見解こそがオーソドックスだというのが,法律家の主張ということです。
他の見解もあるかも知れないが,私の主張がもっとも常識的でバランスがとれているという主張です。

大学の教養課程で古代ギリシャ語中級という授業を受けましたが,受講生は私含め2名でした。
そんなわけで,古代ギリシャ語中級の単位を持っている弁護士は滅多にいないと思いますので,
古代ギリシャ語中級単位取得者の書くメタ法律論でした。
(なお,講義はでていましたが,残念ながら自力で古代ギリシャ語を読解できるようにはなりませんでした)

ミューズリー

6月 14th, 2011
普段,朝食はパンを食べますが,暑い時期は
シリアルにします。今年も,シリアルになりました。

シリアルと言っても,コーンフレークではありません。

メインはミューズリーと玄米フレーク,
これに凍ったバナナと牛乳やヨーグルト,
場合によっては100%のジュース
を入れます

凍ったバナナは,夏のシリアルにはお勧めです。
牛乳がぬるくなりません。

さて,ミューズリーですが,これを初めて食べたときは,
人間の食べ物とは思えませんでした。
「飼料!」という言葉が頭に浮かんだほとです。
これを一体どうしたものかと思い,
しばらくはミューズリーというと,
外人が食べるトンデモ食べ物の一種という認識でした。

ところが,家のシリアルがだんだん,種子類(ひまわり,末等)が
増えて滋味あふれる雰囲気になっていく過程で
再び,ミューズリーの登場です。
ヨーグルトあたりとうまく混ぜ合わせると,
「うまい!」という程ではありませんが,
凍ったバナナや玄米フレークとあわさった
全体としては,なかなか,いけます。

さて,食わず嫌いという言葉がありますが,
私はどちらかというと逆です。
食べてみて「まずい!」と思っても,
これをうまいと思う人がいる以上,
うまいと思う方法があるはずだと考えて,
結構しつこく挑戦します。

以前,モスクワでの飛行機乗り換えの際に,
テーブルの上に,パンと,魚の油漬のようなもの
が置いてありました。
パンもバサバサでまずく,魚も油っこくて,食べられたものではありません。
皆,一口食べて,まずいと騒いで,それ以上手を付けません。
私も,はじめはこんなまずい物をよく食べるなと驚いたのですが,
両方同時に食べると,うまいことがわかり,結局,一人で食べ尽くしました。

また,いわゆるパルメザンチーズは,実はすごくおいしいチーズだと
聞いたのですが,ピンと来ませんでした。
でも,固まりのパルメザンチーズを,下品ですが,前歯でガリガリ削りながら食べると
すごくうまいことが分かりました。

うまいものを食べるには,ある程度,執念が必要だろうと思います。

子曰く

6月 13th, 2011
ヤクルトは,いまだ首位を守っています。
好調小川ヤクルトの特徴は,野村野球への回帰です。
現在の,コーチ陣の大半は,野村ヤクルト時代の選手やコーチです。
さらに,最近トレード等で獲得した選手の多くも,阪神や楽天で野村野球を
経験した選手です。

野村監督以降,若松監督時代は野村野球は継承されていましたが,
古田・高田両監督時代に,ほぼ根絶やしになりました。
ただ,野村時代を知る選手コーチの中に,根強く
今の戦力で勝つには野村野球に戻るしかない,という雰囲気があり,
やはり野村野球を尊敬する小川監督の下で,それが復活したようです。

野村監督自体は,個性も強く,実際監督になると色々つらい面もありそうですが
今のヤクルトは,「野村監督はこう言っていた」ということを皆で考えながら,
野球をしているような雰囲気も感じます。
さながら「子曰く」の世界です。

さて,先日,ヤクルトの石川をエースとしてほめる記事がありました
ヤクルトの選手を取り上げてくれるのはうれしいのですが,明らかにヤクルトをよく分からず書いているようです。
100人中99人はヤクルトのエースは石川だと考える?わけはありません。
すくなくとも,現在のヤクルトを知っていれば,エースは石川は館山か,極めて悩ましいというのが正しいところです。

たしかに10年スパンでの活躍は石川が上ですし,館山も石川がエースだと認めています。
でも,ここ3,4年の間,私としては,「館山の日は負けられない」という気持ちです。
石川の日には,そんなことは思いません。相手方の投手・打線次第です。

そして,小川監督も,5/31の試合のコメントで,「館山が投げる試合は何としても勝たないといけない」
と言っています。チーム自体もそういう雰囲気だと思います。
館山は,調子が悪くなければ,相手がダルビッシュであれ杉内であれ,または相手打線が絶好調でも
十分勝てる,または最低限引き分けに持ち込めるだけの信頼感があります。
そして,数年にわたってこれだけの信頼感あるピッチングを続けるピッチャーは,尾花がエースだった頃以降,
ヤクルトにはいなかったのではないかと思います。

そして,今年の交流戦当初のチーム絶不調の中でも,館山の日だけは負けずにすみ,
そのうちチームも盛り返しました。
チーム状態がいかに悪くても,そのときは無失点でしのいでチームを勝利に導き,
チームもその投手が投げるときは絶対に勝つという気持ちでいる。
それがエースのイメージですが,この点ではヤクルトのエースは間違いなく館山です。

館山の現在の力からすると,ヤクルトというよりセリーグのエースでしょう。
確かに,今年だけなら内海の方が上ですし,去年はマエケンの方が上ですが,
ある程度の年数で見たら,館山がナンバーワンだと思われます。

今年の交流戦も,パリーグの圧勝ですが,そのパリーグ相手にほとんど完璧のピッチングを続けています。
現時点での交流戦の投手10傑に入っているのはセリーグでは館山だけ(現在4位)です。
強い?パリーグ打線相手に,パリーグのエースクラス同様の成績を収めています。

そんなわけで,我が家では館山のことを「影のエース」と呼んでいます。

法律家の言う「論理」

6月 10th, 2011
法律家、つまり弁護士とか裁判官とか検事などは、
自分たちが論理を得意とすると思っているようです。

でも、他分野の学問にそれなりに触れた人にとっては、
法律家が論理を理解しているようには思えないと思います。
むしろ、法律学というのは極めて非論理的なものという印象を抱くのではないでしょうか。

私自身も、法律を学び始めた当初は、その中で使われる「論理的」の
意味をつかみ、それに慣れるのに、苦労しました。

法律家の言う論理的というのは、他の学問とは異なり、基本的には
接続詞の使い方を言います。

つまり、「そして」と「しかし」を間違えて使うなということです。
基本的には国語の問題です。

他の学問が基本とする論理においては、通常、「しかし」と「そして」
の意味は、同じです。すなわち「AかつB」を意味します。
論理的には「AしかしB」と「AそしてB」は同じです。
意味が違うのは「A又はB」です。

また、法律家において「よって」は論理的な必然を意味しません。
たとえば、
山田は、Aと言っている。
中村も、Aと言っている。
よって、Aは事実である。
というような文章を書きます。

通常であれば、その前提として、たとえば、
「山田と中村は同時に嘘はつかない」という命題が必要で、
そのような命題を前提としない限り、論理的には「Aは事実である」
という結論は出てこないはずなのですが、法律家は、「よって」
と言います。

他分野の論理の感覚からすれば、「よって」は論理的な必然性を意味するので、
ここで「よって」を使うのには抵抗があり、
山田は、Aと言っている。
中村も、Aと言っている。
だとすると、Aは事実と思われる。
位の文章しかかけないと思います。
でも、法律においては、平気で「よって」を使います。
そうすると、論理における必然性という感覚がない、換言すると
非論理的又は論理的に不誠実な感じに思われます。

さらに、法律で驚いたのは、
「常識に反するような結論が出たら、それは論理の使い方が間違っているからだ 」
という発想があることです。
普通であれば、論理が常識を打ち砕くことに学問や真理探究の魅力があると思います。
でも、法律の論理は常識に従属します。

という具合に、法律家の言う論理的とは、他の学問の感覚からすると極めて非論理的なわけです。
法律家の言う論理的とは整合的、つまり「矛盾がない」という程度の意味しかないにもかかわらず、
通常の論理的、つまり論理必然性があるかのようなニュアンスで話をするから、何か論理を理解していない感じになります。
これは、法律が、
学問的な真理探究が目的ではなく、事案の解決が目的であることや
白か黒か分からない場合に学問的良心に従って「これは 分からない」等と言うことは許されず、
白か黒か決めなければならないという
特殊性があることによります。

でも多くの法律家が自分たちの言う論理が極めて奇抜なものであるという自覚がないまま、
論理をかたっている面があります。
好意的に見えれば、微笑ましいといえますし、意地悪にみれば噴飯モノというところでしょう。

いずれにしろ、法律家の言う論理というものが、他の分野で言う論理とは全く別のもので、
結局のところ、紛争解決のための修辞に過ぎないということは、
法律家と接する人も知っておいたほうがよいのではないかと思います。

 

複数モニタとヘッドフォンセット

6月 9th, 2011
今や,パソコンを中心とした電子機器は,弁護士の業務に欠かせない道具です。
そして,弁護士の仕事は,多分に職人仕事の部分がありますので,
道具の使い方に精通することはとても大事です。

そんなわけで,パソコンが苦手な弁護士は,ノコギリが苦手な大工と同じで,
よほど,他の能力でフォローしないと,なかなかきついと思います。

さらに,道具代をあまりケチるというのも,プロ仕事には適切でなく,
スペックが劣るパソコンを安いからと言って使っていたりとか,
動作に問題が出てきた古いパソコンをいたずらに使い続けることも
仕事の大事な道具であるという観点からすると,いかがなものか?
という気がします。
もちろん,予算の都合もあるし,ある程度使い慣れていることも大事なので
やたらに買替えることが,必ずしも適切なわけではありませんが。

というのがマイタウン法律事務所のパソコンに対する考え方です。

そんなわけで,当事務所の弁護士の目前には複数のPCモニターがあります。
さらに,多くの弁護士は,電話用のヘッドフォンセットを付けて仕事をしたりしています。

一般にイメージする弁護士のデスクとは少し違うかも知れませんが,
合理性を意識し,道具の使い方にこだわる当事務所での執務風景です。