仮想通貨の私法的性質
月曜日, 8月 1st, 2022(法的用語としては、仮想通貨でなく暗号資産だという話もありますが、NFTを含めた暗号資産全体と通貨的なものとは区別したほうがよいことも多いので、通貨的なものを仮想通貨と呼ぶことにします。暗号通貨でも良いのですが)
ビットコインの私法的性質
ビットコインの法的性質は、ある程度調べると各所で論じられています。
概略としては
(前提)
・物でないので所有権を観念できない
・発行者いないので債権でもない
・知的財産権というのも無理がある
なので
・現状の法概念では把握できない。
・財産価値もあるし、排他性もあるので法的に無視できるものではない
(諸説)
ではどう考えるか
・事実状態に過ぎず権利生を否定する説(侵害は不法行為等の対象にはなる)
・権利性は否定するが物権法理を準用する説
・物権又は準物権を認める説
・財産権を認める説
・プログラムに対する合意を根拠
なんてあたりです。詳しくは
https://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/abstract/affiliate/kinpo/kinpo2016_1_2.pdfとか
『金融・商事判例 2021年3月増刊 1611号 暗号資産の法的性質と実務』
ビットコイン以外にも適用できるか?
しかし、上記の議論をブロックチェーンを利用した仮想通貨全般に適用できるか、というと必ずしもそうともいえないと思われます。
どこかの日本の企業(IT企業なり銀行なり)が、ブロックチェーン技術(ただしプライベートチェーン)を使って、あらたな仮想通貨を発行した場合、法的性質としては電子マネーとあまり変わらないことになると思われます。この場合、電子マネーを管理するコンピュータ基盤を従来型のOS+サーバにするか(メインコンピュータとバックアップ)、ブロックチェーンプログラム(何台かのコンピュータを並列に置く)にするかという程度の違いに過ぎず、法的に差異を設ける必要があるとは思えません。
これは一つの極端な場合でありますが、ビットコインも仮想通貨の中ではもう一つの極端な場合であって、その他の仮想通貨はこの中間に位置しているといえます。以下では、法的性質を考えるにあたり重要と思われるファクターを見ていきます。
チェーンの公開性の程度
ビットコインが管理者不在で公開されているという場合、次のようにいくつかの側面があります。
- データが公開されていること
- 誰でも、許可不要で必要なアドレスを取得し、送金等ができること
- 誰でも、ブロックチェーンを構成するコンピュータ(ノード)になれること
まず、どこかの企業が自前のブロックチェーン(プライベートチェーン)を利用する場合、この3つのいずれも満たしていないことが多いといえます。企業の集まりが、コンソーシアムチェーンを作る場合も、その企業内ではこの3つを満たしますが、その外側に対してはいずれも満たしていないということになります。なので、ビットコインでの議論の適用の余地は小さいと思われます。
一般的なパブリックチェーンの場合、1と2を満たしていることは多いといえます。しかし、3については、異なる場合があるようです。
ビットコインの場合、誰でもコンピュータにビットコインのソフトをインストールしてインターネットに繋げば、ビットコインのネットワークを構成するノードの一部になり、マイニング競争に加わるとともに、ビットコインの堅牢性保持に加わることになります。
しかし、現状、多くのチェーンはビットコインのプルーフ・オブ・ワークから、より環境にやさしいと言われるプルーフ・オブ・ステークに移行しています。その中で、ソフトをインストールして、インターネットに繋いで、適宜必要な仮想通貨の額をステークすれば、バリデータになれるのであれば2を満たしているといえます。
しかし、おそらく(完全に理解しきれていないので誤りがあるかもしれません)バイナンススマートチェーンでは、このような形ではバリデータになることはできず、バリデータになる人は決まっているようです。そうすると、そのようなチェーンは、誰のものでもない・管理者がいないというような状況ではなく、バイナンスの管理下にあるとみる余地がでてきます。
なお、ここでの話は、主に特定のブロックチェーンと密接に結びついたネイティブトークン(そのブロックチェーン利用に必要な仮想通貨)に関するものです。特定のブロックチェーンに管理者が存在すれば、そのブロックチェーンのネイティブトークンはその管理者に対する債権と考える余地があるということになります。なお、ネイティブトークンを利用料(ガス代)として払うということは、2があって問題になることです。誰でも使うことができるからには、利用料を徴収する仕組みが必要です。プライベートチェーンであれば、その企業が全体的なサービス提供の収支の中で考えればよいので、ガス代の存在は必須ではありません。
準管理主体の存在
上記のバイナンススマートチェーンでのバイナンスの存在ほどではないにしろ、イーサリアムにはイーサリアム財団、ソラナにはソラナ財団、ポルカドットにはWeb3 Foundationといったような取り仕切りをしている団体が存在しています。これらの存在も、管理者不在かどうかを議論する際にグレーな存在といえます。
ガバナンストークン、ユーティリティートークン、地域通貨
ビットコインにおいては、ビットコインのブロックチェーン上で動くのはビットコインという通貨だけ(厳密には様々な工夫はなされていたようだが)でした。つまり、ブロックチェーンと仮想通貨が一体化していたといます。ビットコンの私法的性質に関する議論は、このような前提でなされています。
しかし、イーサリアム、ソラナ、バイナンススマートチェーン等においては、そのブロックチェーン上で利用できる別の仮想通貨を新たに作ることができます。この場合は、ブロックチェーンに管理者・提供者が存在しなくても、仮想通貨には管理者や提供者が存在するということがありえます。
ステーブルコイン
いわゆるドル等に連動したステーブルコインは、イーサリアム上のERC20トーク等として発行され、発行体組織が存在することが多いです。USDTであればTether社、USDCはCenterというコンソーシアムのようです。
このような場合、ステーブルコインを発行体に対する債権と考えることができるのか等の再検討の余地はあるといえます。もっとも、現状のステーブルコインについては、何らかの債権だとしても準拠法が日本法ということはなさそうです。
今後、日本円連動のステーブルコインが日本企業(またコンソーシアム)から発行された場合、そのチェーンがパブリックチェーンだとしても、ビットコインでの法定性質論がそのまま当てはまることはなさそうです。
ガバナンストークン
ユニスワップ(DEX。分散型取引所)におけるUNI等のガバナンストークンは、株式類似の性質もあり、保有者は意思決定の権限、利益配当を受ける権限があることも多いです。このような場合も、ビットコインでの議論がそのまま当てはまるとはいえないだろうと思います。
その他ユーティリティトークン等
ステーブルコインやガバナンストークン以外の地域通貨だったり、ゲーム内通貨だったりも、同様に発行体が存在したり、何らかの権利があったりということが想定され、個別の検討が必要そうです。
議論の実益と検討の枠組み
以上、つらつらと書きました。このようなことを検討する実益は、
- 仮想通貨が盗まれたとき
- 差押をするとき
- 倒産企業が保有していたとき
- 秘密鍵を紛失したとき
- 誤送金したとき
- 相続が発生したとき
等に何らかの、国内司法での枠組みで救済措置を取りうるかということを検討する際に有用となります。
そして、起こった場面(差押の場面なのか、相続の場面なのか)、仮想通貨の性質に応じて、何かとりうる手段はあるのかという検討をすることになろうかと思います。